タテよこ斜め縦横無尽

田舎の年金暮らしのたわごと

エピジェネティクスとは

生物学者である福岡伸一氏の「動的平衡3」を読んでいたら面白いことが書いてあった。

 上図左(実験1)は本に書いてあった実験内容で、「匂い(サクラの香り)と電気ショックで条件付けしたマウスは、その恐怖体験の記憶がまるで遺伝するかのように、その子や孫の世代においても、その匂いを与えるだけで恐怖反応を引き起こす」というものである。この実験は、まるでラマルクが提唱した用不用説のごとく、後天的に獲得した何かが子に遺伝していることを示している。
 上図右(実験2)は、マウスのトラウマが後代へどのように伝達されるかを示唆する実験である。出産直後の2週間ほどの時期に母親から何度も引き離されるという精神的なショックをあたえられたマウスは、成体となった後に行動異常を起こすようになる。このトラウマ・マウスが産んだ第一世代のオスの精子から抽出したRNAを、トラウマ経験の無いマウスの受精卵に注入したところ、なんと産まれたその子マウスは成体になって異常行動を示したという。
 2つの実験は共に、遺伝子自身に変化は無くても、遺伝子を取り巻く何かが変化し、その何かが親から子へ遺伝したことを意味している。エピジェネティクスとは、DNAの塩基配列を変えずに、細胞が遺伝子の働きを制御する仕組みを研究する学問である。さて、後天的に獲得されたどんな変化が子に遺伝するのであろうか?

 上図は、染色体の構造を示しているが、DNAには、遺伝子が読み取れる状態(活性化している領域)と読み取れない状態(活性化できない領域)との2つの状態領域が存在することが分かる。受精卵の時はDNAの全ての領域が読み取り可能であるが、それが細胞分裂して様々な細胞へ分化するにつれて、その細胞に不必要な(例えば筋肉細胞に消化酵素生成は必要ない)DNA領域が活性化できない領域として封印される。これは、遺伝子の発現のON/OFFが遺伝子の回りの環境変化で生じることを示している。遺伝子の回りには、遺伝子発現の時期、発現時間、発現量等を調節する様々な環境(構造、機構)が揃っており、もしこれらの周辺環境が親から子へ遺伝するとなると、親が後天的に獲得した周辺環境への対応が、子へ遺伝することになる。

 上図は、ヒストン(DNAを巻き付ける芯棒)修飾にて、遺伝子読み取りの 活性/不活性 が変わることを示している。実験1では、この匂い(サクラの香り)の嗅覚レセプター遺伝子のメチル化の度合いが低く、マウスがこの匂いに敏感になっていることが確認された。マウスの嗅覚レセプターは1000種類もあるが、このマウスの嗅覚細胞では、普通の環境なら活性化が低下するサクラの香りに対する遺伝子の活性度合いが高く保持されていたことになる。
 最後に残る問題は、細胞分化した先の体細胞に保持された遺伝子回りのエピジェネティックな情報がどのように生殖細胞へと伝達されるかである。実験2では、短鎖RNAや長鎖RNAがその役割を担っていることが推測される。

 上図はエクソソームの働きを示す。体細胞から生殖細胞への情報(RNA)伝達の役割を、このエクソソームが担っている可能性は十分ある。上図において、「エクソソームを放出する細胞」を体細胞、「エクソソームを受信する細胞」を生殖細胞と読み替えれば、体細胞から生殖細胞への情報(RNA)伝達の仕組みの姿が見えてくるのである。