タテよこ斜め縦横無尽

田舎の年金暮らしのたわごと

ヒトへの進化の推進力となった遺伝子

 今日はどんな遺伝子の突然変異が、ヒトへの進化の道を後押ししたかについて調べてみた。
1.ヒトとチンパンジーのDNA比較について
 世間には「ヒトとチンパンジーではDNAの違いはわずかに1%しかない」という「99%一致説」が浸透している。しかしながら、染色体数46のヒトと48のチンパンジーのDNAを比較して、その差異が1%しかないというのは いかにも変である。f:id:TatsuyaYokohori:20220216140019p:plain
 上図はヒトとチンパンジーの染色体を上下で比較している。ヒトの第2染色体は、チンパンジーの第12、第13染色体が一緒になってできた。よって、DNAを比較する場合、染色体というDNAの入れ物にとらわれず、その中身そのものを比較することになる。
 ヒトのDNAはおよそ32億文字(文字は塩基の種類で4種 A,T,G,C)の情報量になるが、突然変異は、1文字が他の文字に変わる変異以外に、1文字の挿入や欠失、文字集団の挿入や他の位置への移動、文字集団のコピー挿入(遺伝子重複)という形でも生じる。こんな突然変異が沢山蓄積したヒトとチンパンジーのDNAを比較した場合、比較のしようがない領域(例:ヒトに有ってチンパンジーに無い領域)がかなりある。これらの比較不可能領域を全部無視し、比較可能な領域に絞り比較した結果「DNAの違いはわずかに1%しかない」という結果になった。差異がたった1%しかなかったという点は、この言葉の裏に隠れた前提条件を解っていないと大変な誤解をすることになる。因みに、比較可能な領域は24億文字だったそうだ。
2.FOXP2
 「ヒトが高い言語能力を持ち、一方で良く似た遺伝子を持つチンパンジーが言葉を話さない理由は、たった1つの遺伝子にある2つの小さな違いで説明できるかもしれない」との研究論文が、2009年英科学誌「ネイチャー(Nature)」に発表された。f:id:TatsuyaYokohori:20220216141025p:plain
 上図は、このFOXP2遺伝子がヒトのみに生じた突然変異により、類人猿に対しアミノ酸配列の2ヵ所に差異が生じていることを示している。この遺伝子は言語機能や口腔運動機能障害を示す常染色体優性遺伝の遺伝病家系から同定された。それ故FOXP2は、「言語遺伝子」とも呼ばれ、人類が言語を話すきっかけとなった遺伝子と考える科学者もいる。ただこの遺伝子は、他の遺伝子の発現を制御する遺伝子であり、その機能(どんな部位でどのように制御)はまだ解明されていない。
 なお、ネアンデルタール人の人骨からのDNA解析で、このFOXP2遺伝子に現代人と同じ変異型が認められた。FOXP2突然変異が起きたのは100万年以上前と考えられており、また、ヒトとネアンデルタール人が分岐したのは80万年以上前だと考えられている。これらから、FOXP2の突然変異がヒトとネアンデルタール人の共通の祖先に生じて、その共通祖先が人らしいヒト属への進化の道を歩み始めた後、ヒトとネアンデルタール人が分岐したと考えられる。
3.ARHGAP11B
 ARHGAP11Bは、基底前駆細胞を増幅し、神経前駆細胞の増殖を制御し、新皮質の折り畳みに寄与するヒト特異的遺伝子である。f:id:TatsuyaYokohori:20220216142455p:plain
 上図はARHGAP11B遺伝子が進化の過程でどのように生まれたかを示している。ヒトとチンパンジーが分岐した頃、ヒトもチンパンジーもARHGAP11Aしか持っていなかった。その後ヒトで突然変異(遺伝子重複)が起き、ヒトはARHGAP11Aを2つ持つようになり、更にその後の突然変異で片方のARHGAP11AがARHGAP11Bへ変異した。このようにして現在、ヒトのみがARHGAP11Bを持ち、類人猿はこれを持たない。このARHGAP11Bの働きは、この遺伝子をゲノムに挿入した猿の胎児脳から解明された。
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 上図は野生猿とARHGAP11B導入猿の胎仔脳を頭頂方向から見たところ(胎生101日齢)である。この実験結果は、ヒトがチンパンジーから分岐したのちの大脳新皮質の拡大がARHGAP11Bによって引き起こされたことを物語っている。
4.ヒトとチンパンジーのDNA比較再考
 のFOXP2の例は、で言う比較可能なゲノム領域における差異(アミノ酸配列2ヵ所)であり、「ヒトとチンパンジーでのDNA差異1%」にカウントされるものである。一方、のARHGAP11Bの例は、比較のしようがない領域における差異となるので、「差異1%」にはカウントされない。そしてこのカウントされない差異が、全ゲノムの20%以上もあるのだから、「ヒトとチンパンジーのDNAの差異が1%程度」と吹聴するのは、その辺りの裏の前提を知らされていない一般大衆に誤解を与える報道となる。論文を発表する研究者側にも、それを伝えるメディア側にも、真摯な姿勢を願う次第である。