タテよこ斜め縦横無尽

田舎の年金暮らしのたわごと

個体発生は系統発生を繰り返すか?

 「個体発生は系統発生を短縮した形で繰り返す(発生反復の法則)」という仮説がある。これは、発生過程の形態について、ヘッケルという学者によって1866年頃に提唱された仮説である。確かにヒトの個体発生(受精卵から胎児期を経て成体になるまで)は、ヒトが単細胞から多細胞へ、そして魚類祖先、両生類祖先、有羊膜類祖先を経てヒトに成るまでの進化系統樹(系統発生)と良く符合する。
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 上図は魚類、イモリ、カメ、ニワトリ、ブタ、ヒトの胚期の形態を比較した図である。特に上段の発生初期の段階においては、どの種の形状も類似していている。実際、受精後5週目頃のヒトの胚には、尻尾もあれば首の周辺には“えらひだ”(魚の胚に見られるえらの原基と相同のもの)が形成される。そしてその後の四肢形成期(上図中段)においては、指の間に水かきのような薄膜が一旦形成され、その後アポトーシス(細胞死)により除去される。ヒトは、母体の中での個体発生が、そのまま系統発生(進化の歴史)を辿る形で成長し、ヒトの形を整えて産み落とされる。
 なぜこのようなことが起きるのだろうか? ゲノムに個体発生の全ての手順が書いてあるはずであるが、今となってはヒトには必要でない「えら形成」や「水かき形成」の手順までなぜゲノムに記録が残るのであろうか?
 例えばヒトのゲノムに、受精卵から成人になるまでの全てのレシピー(材料と手順)が書いてあったとしよう。当然、えら形成に必要な遺伝子群も全部含めてゲノムの中に存在する。ここで「使われない遺伝子は突然変異が溜まり機能しない遺伝子となって退化の道を歩む」という原理に則れば、胎児期に不要な器官を形成する遺伝子が、退化せず残って機能していることは確かに不思議である。
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 上図は脊椎動物の胚発生過程において、器官形成期における進化的多様性が小さいことを示している。上述したが、確かにこの時期の形態は、魚類も両生類も爬虫類も鳥類も哺乳類も同じような外形をしており、内部で形成される器官も良く似ている。しかも、この脊椎動物の体の基本デザインができたのは、今から5億年前のことであり、5億年もの間大きな変化もなく保存されていることが謎であった。
 国際共同研究グループは、遺伝子比較を行い、この器官形成期で働く多数の遺伝子が胚発生の他の時期にも使われていることを見つけた。上図の右は共通の遺伝子が黒丸で示されており、一つの遺伝子が複数の発生フェーズで使い回しされていることを示している。
 使われない遺伝子は機能しなくなるが、使われている遺伝子は、突然変異が生じても自然選択により排除されるので長く維持される傾向にある。従って、脊椎動物の器官形成期の形態が良く似た形で5億年も維持された理由は、「遺伝子の使い回し」により突然変異による変更が排除されたからだとの結論になる。また、個体発生が系統発生を繰り返すように見えるのも、この「遺伝子の使い回し」により、5億年前に誕生した遺伝子が、形を大きく変えずに現在まで引き継がれているからだと言える。