タテよこ斜め縦横無尽

田舎の年金暮らしのたわごと

発生における遺伝子の働きから進化を考える

 図書館から「大学生物学の教科書(アメリカ版)」を借りて来て読んでいたら、非常に興味深い内容がいくつもあった。今日はその中の一つについて話をする。
 哺乳類や昆虫など動物の体には頭から尾に向かう前後軸がある。この前後軸に沿って、左右対称の構造を持ちつつ、頭や脚、尾などが順序よく配置される。このような体の基本構造は、組織的・連携的に働く遺伝子群により作られる。
1.体軸(前後軸、背腹軸)の決定
 ショウジョウバエの一生は短い。受精してから幼虫として孵化するまで1日である。受精卵が卵割を開始し孵化するまでの最初の工程で前後軸が決定される。
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 この前後軸決定は上図のように行われる。最初に前後軸がおおまかに決まり、その軸に沿って広い領域が決まり(A)、その次に2つずつのペアに細分する形で体節が決まる(B)(C)
 この工程では以下の3つの遺伝子が働く。
①ギャップ遺伝子
 前後軸に沿って広い領域を組織化する
②ペアルール遺伝子
 胚を2つずつの体節に分ける
③セグメントポラリティ遺伝子
 個々の体節の境界と前後方向の構造を決定する
2.Hox遺伝子
 前後軸に沿って体節が決まった後、Hox遺伝子が働き始める。Hox遺伝子は、胚段階で体節にかかわる構造(たとえば脚、触角、目など)の適切な数量と配置について決定的な役割を持つ。各体節毎に、働くHox遺伝子は異なり、各体節固有の構造を作り上げる。
 下図上方はショウジョウバエの体節とHox遺伝子群を対比して示している。前後軸の体節の並びに応じて、DNA上にHox遺伝子が並んでいる。ショウジョウバエの突然変異については良く調べられているが、例えばlabに変異があるものは下唇の部分的欠失が生じ、またDfdに変異があるものは複眼縮小や 触覚と下顋鬚の重複が生じたりする。このようにしてこのHox遺伝子群は、動物の基本的な形を決める遺伝子となっている。f:id:TatsuyaYokohori:20220224140012p:plain
 驚くべきことに、哺乳類においてもこのHox遺伝子群が存在する。上図を見て分かるように、ショウジョウバエとマウスのHox遺伝子は、DNA上の並び順もきれいに対応している。
 これから以下のことが想像できる。
1.Hox遺伝子群は、節足動物脊椎動物が分岐する前から存在していた。
2.動物の構造の大きな違いは、Hox遺伝子にコントロールされ、この体節位置で発現する遺伝子が、どんな器官を形成するかで生じる。(脚を生やすか翅を生やすかで構造が大きく異なってくる)。
3.動物の構造を大きく変える変更(突然変異)は生存競争にマイナスに働くことが多く、この遺伝子群への突然変異はほとんどが排除される(自然淘汰される)。その結果、この遺伝子領域は、変化(進化)のスピードが非常に緩慢となる。
3.カンブリア爆発とHox遺伝子
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 カンブリア爆発とは、古生代カンブリア紀、およそ5億4200万年前から5億3000万年前の間に、突如として今日見られる動物の門が出そろった現象である。このカンブリア紀には、上図のような奇妙奇天烈な生物も生きていた。
 オパビニアやハルキゲニアを見ていると、各体節毎のHox遺伝子が突然変異して、眼を2つ配置するところを2つの複眼と3つの単眼を配置したり、2つの脚を配置するところを2つの脚に加えて2つの角を生やしたりして、この時代に様々な形の生物が出現したと想像できる。そして、こんな多様な形の生物群を集めて、体の基本構造に関するデザインコンテストをやったような気がする。このコンテストの評価は自然淘汰の形で行われ、すなわち、評価の良かったものだけが生き残った。そして、その生き残った子孫がその後も進化しながら現在まで種の血脈を繋いだと想像される。
 このようにして、このHox遺伝子は今となってはほとんど変化(進化)せず、カンブリア爆発が終わってからの進化の大半は、このHox遺伝子により誘導され発現する形状微調整遺伝子の突然変異にて引き起こされていると思われる。