タテよこ斜め縦横無尽

田舎の年金暮らしのたわごと

未来志向とは割り切ること

 今日の地方紙で、韓国の不二越元挺身隊員の記事が目にとまった。不二越は富山を本拠地とする機械メーカで、戦時中は軍需工場としてベアリングなどの機械部品を作っていた。記事には、富山市民団体が韓国を訪れ面会した際、取材に応じた二人のおばあちゃん(仁川市の李慈順さん(91)とソウルの金正珠さん(91))の話が書いてあった。
 二人は13歳だった1945年、小学校の教諭から「金を稼ぎ進学もできる」と騙され、富山の不二越まで来て、軍需工場の劣悪な環境で働かされたそうである。因みに私の母が今生きていれば92歳で、このお二人のおばあちゃんより1歳上であるが、彼女からは「尋常高等小学校を卒業してからは縫製場にて予科練の服を縫っていた」と聞いたことがある。母の縫製場より不二越の軍需工場の方がより劣悪な環境だったことは容易に想像できるが、軍需工場では日本人の少年少女も働いていたのだから、あの当時は大なり小なりみんな辛い思いをしていたのである。
 新聞には、この挺身隊員への補償について「韓国政府傘下の財団が4月以降、最高裁で勝訴が確定した原告に賠償金相当額を支払っている。一部の原告は謝罪などを求め拒否している。」と書いてあった。謝罪を求めると言ったって、相手は日本の会社か、それとも日本国かと思ってしまう。あなたを騙して日本行きを決意させた人はあなたに謝罪をしたのかとも思う。普通の日本人なら、あの頃はみんな辛い思いをしたのだから、誰が悪かったとか言わず、未来志向で心安らかに余生を生きて行こう と割り切るのではないだろうか。

P.S.
 この記事は、1945年の戦争末期の頃において、韓国人の女子にも日本人と同じ教育が提供されていたことを示している。韓国の左翼は日本の植民地支配当時の悲惨な状況を口にするが、もし、日本ではなく欧米が植民地支配をしていたのなら、支配民の子女に本国と同じ基準での教育を提供するはずがなかったであろう。歴史にifは禁物だが、もし日本が日露戦争に負けて、朝鮮半島がロシアの植民地になっていたら、この二人のおばあちゃんは、更に悲惨な目にあっていたのではなかろうか?