タテよこ斜め縦横無尽

田舎の年金暮らしのたわごと

8月1日

 今日から8月。今朝、2階の寝室からリビングへ降りて来て、温度計を見たら28度あった。とにかく暑い。ここ数日、夜もエアコンはつけっ放しで寝ている。昨日の町内同好会パークゴルフも、熱中症回避のため前日に中止連絡が入った。
 家庭菜園の野菜は、キュウリ、ミニトマト、インゲン、ナス、シシトウ、ゴーヤ、いずれもピークを過ぎ、朝の収穫量が落ちて来て寂しくなった。一方で裏の田んぼの稲には穂が出始めた。稲の開花時期に晴天が続くと豊作となるので、このかんかん照りの暑さは、米作農家にとっては嬉しい暑さとなるのであろう。

 今日8月1日は富山大空襲があった日で、鎮魂の意味も込めて花火大会が開催される。昭和20年8月1日の深夜から翌日の未明にかけて、米軍機が50万発のM50焼夷弾を投下し、富山市街地を焼き尽くした。米軍は、当時の人口の4倍もの数の爆弾を落とし、人口密集地を焼野原にしたのである。死者数は、富山市が昭和20年12月に米軍へ報告した資料によると2632人とあり、私の今の居住区の堀川地区でも67人、隣接の奥田地区でも50人と記録されている。
 またこの日、米軍の別の部隊が長岡を空襲した。空襲での死者数は1488人と長岡市により確認されている。長岡の花火は日本三大花火として有名であるが、大会前日の今日、慰霊と鎮魂の花火が3発打ち上げられる。富山も長岡も3年振りの花火大会となるが、ウイズコロナの花火大会であると同時に、ウクライナ侵攻で戦争を身近に感じるようになった中での、平和を祈る花火大会となる。

P.S.
 花火大会は19:45にスタートした。妻と私は、自宅2階のベランダで打ち上がる花火を楽しんだ。我が家の裏には田んぼが広がっていて見通しが良く、大会会場まで高い建物が無いため、自宅からでも打ち上がる花火が良く見えた。花火が光ってから、ドーンと音が響くまでの時間が約7.5秒。これに音速340m/sを掛けた値 2550m が会場までの距離になる。花火打ち上げ会場は神通川河川敷にあり、市街地中心部(総曲輪)から約1.7kmの距離となる。我が家から総曲輪まで約2kmであり、富山大空襲では、中心部の総曲輪で最大の死傷者被害を出している。各地区毎の死者数記録から、富山大空襲は、総曲輪を中心として半径2kmの以下の範囲だったと推定する。