フォッサマグナの正しい理解

 昨日は「GoToトラベル」ならぬ「勝手にトラベル」ということで、妻と二人宇奈月温泉に行ってきた。今回は途中、兼ねて行きたいと思っていた糸魚川市の「フォッサマグナミュージアム」に寄った。そしてそこで、「フォッサマグナ」と「糸魚川-静岡構造線」は異なるものであることを知った。
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 上図は日本の地質体と日本列島がどのようにできたかを示している。日本列島は2000万年前頃までは、まだユーラシア大陸の一部であったが、その後日本列島となる部分が次第に大陸から離れ、1700万年前頃には日本海が形成され、日本列島と大陸は分離した。その後、日本列島は1600万年前頃には中央部で西南列島と東北列島に裂け、中央部に大きな溝ができた。フォッサマグナとは、中央部にできたこの大きな溝の地帯を指す言葉である。その後、この地帯は火山活動が活発化し、分離した2つの列島は再び1つの陸続きの列島としてつながった。糸魚川-静岡構造線とは、このフォッサマグナの西側境界線のことであり、フォッサマグナの別称ではない。フォッサマグナの東側境界線は大変入り組んでおり、どこを通るかの定説は未だに確立していないようだ。
 ミュージアムでこの地質図を見ながら、数年前に行った福井恐竜博物館での恐竜のことを思い出した。地質図で、富山、石川、福井県にまたがる地質体が日本で一番古いと示されていて、2億5千万年前に形成されたそうである。2億5千万年前と言えば、古生代中生代の境目にあたり、地球史上最大の大量絶滅が発生した時で、海生生物のうち最大96%、全ての生物種で見ても90%から95%が絶滅したと言われている。この古い地質体の上に恐竜がいた中生代の地層が堆積したが、この地層は手取層群と呼ばれている。そしてその手取層群の地層から福井の恐竜が見つかったことになる。f:id:TatsuyaYokohori:20210313205957p:plain
 上図は、福井県勝山市で発見された化石により、フクイラプトルキタダニエンシスと学名が付いた恐竜の復元模型である。中生代前期白亜紀、すなわち今から1億数千万年前にこのような恐竜が生きていたことになる。しかも、上述の日本列島の歴史に照らし合わせると、この恐竜が生きていた時代は、まだ日本列島がユーラシア大陸の一部であって、そこで化石となったこの恐竜の骨が、大陸から分離した日本列島に埋まったまま移動し、福井で見つかったことになる。
 福井県は恐竜王国と言われるが、とにかく地層が古いのである。同じく富山県も地層が古いので、富山市の八尾や大沢野では化石が出る。逆に言えば、フォッサマグナ地帯は1600万年以降の新しい地層であるから、中生代に栄えた恐竜の化石は絶対出ないことになる。
 今日は、富山石川福井のいわゆる北陸3県にまたがる地質体が1番古いと分かり、何だか訳もなくうれしい気がした。