タテよこ斜め縦横無尽

田舎の年金暮らしのたわごと

健康診断

 今日は年に一度の健康診断。ワクチン接種の次の日に健康診断を予約してしまった単純ミスがあったものの、幸いにしてワクチン接種の副反応もない中で、無事、全診断項目を検査し終えることができた。
 昨年と同じ会場、同じ診断コースで、今年で2回目の診断ではあるが、今回は問診項目の回答用にいきなりIPadを渡された。このIpadは問診回答用でもあり、検査会場のナビゲータでもあり、検査結果の確認用でもあるわけである。こんな便利な機器を与えられてさぞ利便性は上がると思われたが、後期高齢者のところで渋滞が発生していた。『だいたい、おじいちゃん、おばあちゃんに IPadは無理だろう』、私は心の中でそう叫んでいたが、回りで受診している若い人から見れば、自分は正に正真正銘のおじいちゃんだった。
 サザエさんのお父さんである磯野波平さんは54才の設定で描かれている。定年が55才だった時代、翌年に定年を控えたサラリーマンで、タラちゃんという一人の孫がいて、ちょっと頑固だが孫にはやさしいおじいちゃんとして描かれている。この時代に比べると今は、年齢を10才プラスしたぐらいが同様の設定になるであろうか。しかしながら、3世代同居は随分少なくなったし、娘婿と会社帰りに一杯やるなんて考えられない時代になっている。

ワクチン接種して免疫の有難さを思う

 本日、2回目の新型コロナワクチンを接種した。前回よりスムーズで、待ち時間ゼロ、受付から接種まで5分、接種後の待機時間15分を含めてトータル20分で全て完了した。接種後6時間経った今、発熱も倦怠感もなく、前回あった左腕の軽い痛みさえもなく、何かちょっともの足りない気がする。

 それにしても、免疫というものは誠に有難い仕組みである。世界で初めて抗体を発見したのは北里柴三郎であり、これにより血清療法が確立された。1889年のことでありノーベル賞級の偉業であったが、ノーベル賞が創設されたのはこの十数年後であった。しかも当時はまだまだ、科学技術分野に対する日本人の貢献が少なかったため、欧米諸国の日本人に対する認知度が低く、北崎の業績がノーベル賞の栄誉に輝くことはとうとうなかった。
 北里の時代は、まだ人類に害を及ぼす病原体もそんなに多く特定されていなかったが、それから90年ほど過ぎ、病原体が1万種類とも1億種類とも言われ始めると、これら全てに対して抗体を産生する仕組みが、GOD(Generation of diversity(多様性の発現))ミステリーと呼ばれるようになった。人の遺伝子は2万数千と考えられているが、この遺伝子を全て抗体作りに当てても、高々2万数千種類の抗体タンパクしか作れないわけで、それでどうして1億を超える病原体に対応できるかが正に謎だったわけだ。この難題を解明したのも日本人であり、利根川進博士はこの功績により、1987年、ノーベル生理学・医学賞を受賞した。
 利根川博士が解明したこの仕組みは、「免疫B細胞が発生する過程で遺伝子が再編成される」という、これまでの常識からは思いも付かないからくりだった。

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 上図は遺伝子再編成の仕組みを示している。抗体産生に関係する遺伝子は、DNA上 大きく3つの領域(V、D、J)に分かれて存在する。造血幹細胞から免疫B細胞が分化する過程で、最初に、D領域の遺伝子断片の一つとJ領域の遺伝子断片の一つが再編成され、これに続いて次にV領域の遺伝子断片が付加される形で再編成される。このように再編成され出来上がる遺伝子の種類数は、3つの領域の中から一つを選択して組み合わせる数となる。上図は抗体の重鎖(Heavy Chain)を産生する場合を示しているが、軽鎖(Light Chain)を産生する場合も同様に遺伝子再編成が行われるため、このようにして生まれる免疫B細胞の遺伝子の種類数は1億を超えることになる。そして、このようにして生み出される遺伝子の多様性でもって、免疫システムは多様な病原体と戦っていることになる。
 解明された仕組みは、多様性を産み出す非常に巧妙な仕組みであり、進化の結果このような仕組みを獲得できたことは驚異的と言わざるを得ない。このような獲得免疫は脊椎動物に固有の仕組みであり、我々の先祖が魚類へ進化した時に備わったと考えられている。ご先祖様に改めて感謝である。

P.S.
一夜明け、前回と同じように、左腕接種箇所に軽い痛みが生じていた。筋肉細胞に取り込まれたmRNAの設計図に従いスパイク蛋白質が作られ、この異常を察知した私の免疫細胞が炎症物質を発しながら警戒態勢に入ったみたいだ。1回目接種で作られた中和抗体を産生する免疫B細胞工場が大量生産を始めるだろうし、1回目とは別種の中和抗体を産生するB細胞も活性化し、中和抗体産生レベルは一層高まることであろう。遠い先祖から受け継がれた巧みな仕組みが動き出したと思うとうれしくなる。

カボチャの成長

 カボチャの棚を作ってから一ヶ月が過ぎた。6月下旬の1週間は毎日のように人工授粉を行ったが、ここ最近は雌花の開花もひと段落して、花に代わって今度は実の方が膨らみ出し主役となってきた。
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 妻が「実が重くなるからネットに吊るさないと」というので、今日は大きくなった4玉をネットに吊るした。

 米国に住む息子のFacebookには、独立記念日の日に、花火で遊ぶ孫たちの写真と動画がアップされていた。息子が住む田舎(オクラホマ)では、もうコロナ前と同様に自由に遊園地へ行ったり、集団で騒いだりできるみたいだ。



カタツムリの成長に適した形

 6月の空梅雨が、7月に入りがらりと変わり、一挙に梅雨末期の様相を呈してきた。大きく変わった要因は上空を流れる偏西風の蛇行にある。6月中は偏西風が朝鮮半島辺りから南へ蛇行し、日本列島に冷たい空気を送り込んでいたが、7月に入り朝鮮半島辺りから北へ蛇行するようになり、南の暖かい空気が流れ込むように変わった。この様変わりにより、太平洋側では被害も出ているし、ここ富山でも昨夜から大雨となり今朝には警報も出た。

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 写真は、雨が上がった昼前、日課のウォーキングをしていた際に撮ったもので、ブロック塀に多数のカタツムリが悠然と活動していた。
 カタツムリは卵から孵った時、殻を付けて生まれて来る。この殻の主成分は炭酸カルシウムであるから、成長するにはせっせとカルシウムを摂取しなければならない。カタツムリがブロック塀に群がるのは、コンクリートを食べてカルシウムを摂取するためだ。カタツムリの触覚(2本の角)がある頭部の下には口があり、口内の底部には歯舌があって、この歯舌でコンクリートを擦り取って食べる。歯舌の数は1万本以上であり、歯が1番多い動物と言っても良い。
 カタツムリの殻は巻貝と同じように巻いている。この巻貝の形は進化の結果到達した最良の形となっている。脊椎動物が内骨格であるのに対し無脊椎動物は外骨格を基本としている。外骨格で成長する際、例えば昆虫類では脱皮が必要となる。カニやエビも脱皮しないと成長できない。ところが巻貝の類では、殻の形を相似形に保ったまま、殻の入り口を次第に大きくして成長できる。生まれた時は殻の巻き始めの位置に陣取り、成長するに従い殻の入り口の方へ引っ越しすれば、脱皮しなくても成長できるのである。これぞ正に進化の結果到達した理想の形と言える。



植物の成長スピード

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 写真は今日の家庭菜園の収穫物である。先週末の娘の里帰りで消費者が一人増えて3人となったが、この量の野菜を毎日消化し切るのが難しくなっている。実際、今日の夕飯では、3日前収穫のキュウリをスティック状に切り、ワサビ・マヨネーズでポリポリと食べたが、もう10日ほど、このようにキュウリを食べ続けている。
 それにしても、植物の成長の速さには驚かされる。昨日の収穫時に20cmで『明日収穫すれば良いだろう』と思っていたキュウリが、今日見ると30cmになっている。人間には到底実現できない速さである。これは、人間の寿命100年に対して、キュウリの寿命半年という寿命の長さの違いから来ることであろうか? キュウリは短い寿命を生き急ぐあまり、驚異的なスピードでもって人生を突っ走っているように思えるのである。
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 写真は100年に一度花が咲くと言われるプヤ・ライモンディが開花した姿である。アンデスの女王と呼ばれるこの植物は、長い一生のほとんどを、球形の尖った葉の状態(どでかい栗のイガイガのような形)で過ごし、寿命を全うする最後の数週間で、空に向かって何mにもなる花茎を伸ばし花を咲かせる。最後の数週間での成長スピードはキュウリ以上になると思われる。
 これらの植物たちの生き方から、彼らが、ただひたすら子孫を残すために生きていることが分かる。植物が根を張り、葉を茂らせ、花を咲かせるのも、それは受粉を成功させ、栄養分を蓄えた実の中に種を仕込むためである。この目的のため、最後の疾走に必要なエネルギーを蓄え、寿命を終える最後の一時にラストスパートをかけるのである。



富山県感染レベルステージ1に

 今日から、富山県の新型コロナ感染レベルがステージ1に引き下げられた。昨日の新規感染者数も0人となり、待ちに待ったステージ1である。何を待っていたかと言えば、お得な地元支援のキャンペーンである。
 一方で今年も「おわら風の盆」の2年連続の中止が決定した。晩秋に行われる「富山マラソン」も開催できるかまだ決まってない。
 東京では、感染者数のリバンド傾向が明確になってきた。インド変異株により、この夏に第5波が来ることは、4/23ブログで予想していたことではあるが、この時点で私はまだ、ワクチンがインド変異株にはあまり効かないと思っていた。しかしその後5/14ブログでも示したが、ワクチンがインド変異株にも十分効くことが分かり、明るい希望を持てていた。事態はここまで、ほぼ予想通りに動いている。リバウンドするのは予想通りであり、リバウンドの大きさは第4波になるくらいのレベルに達することも予想している。ただ読み切れないのは、重症者や病床占有率が緊急事態発出レベルに至るかである。高齢者の半数以上が1回のワクチン接種を終えているので、感染者が増えても重症者が以前のように増えないことは十分期待できる。しかしワクチン接種レベルがこの程度で、どの程度重症者数を抑えることができるか、正直言って何とも言えない。何とか凌いでくれと祈るばかりである。

久々の同居

 今日、娘が出産のため帰って来た。帰って来たと言っても、娘は大阪で生まれ東京で育ったので、この富山の家には住んだことがない。子供を産みに母親の住む家に下宿しに来たと言った方が良いのかも知れない。
 このコロナ禍での出産のため、東京から富山に来て2週間自宅待機し、その後富山の病院で出産一ヶ月前検診を受けることになっている。そういうわけで、予定日は9月初旬、その後一ヶ月検診を受けてから東京に帰ることになるので、今日から約3ヶ月間の同居生活が始まる。久々の同居である。
 娘は2013年に社会人となって直ぐに大阪勤務を拝命し、東京にあった我が家から巣立って行った。その後、彼女が大阪から東京に転勤で戻ってきた時には、今度は我々が富山に引っ越していた。と言うわけで、同居となるのは8年振りである。3日前にキジの雛鳥の巣立ちを経験し寂しい気持ちになっていたが、娘が来たので、また当分賑やかな暮らしとなりそうだ。
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 写真は1年に2度咲く我が家のモクレンで、7月に入り満開に近くなってきた。今年も早や上半期が終わり下半期に突入した。時はどんどん加速しながら流れて行く気がする。