タテよこ斜め縦横無尽

田舎の年金暮らしのたわごと

人類の進化の軌跡

 昨日、今年のノーベル医学生理学賞が、「絶滅したヒト族のゲノムや人類の進化に関する発見」をした独マックス・プランク進化人類学研究所のスバンテ・ペーボ教授(67)へ授与されると発表された。ペーボ氏の功績は色々あるが、素人受けしそうな内容で示せば、以下となる。
 ・人類とネアンデルタール人は交雑(混血)していたことを発見
 ・デニソワ人という絶滅人類がいたことを発見
 ・欧州、アジア人のDNAの1~4%がネアンデルタール人から受け継がれている
 ・東アジア人で0.2%,ニューギニアなどのオセアニア人だと2~4%のDNAがデニソワ人由来
 また、彼の科学技術的功績は以下となる。
 ・人骨からDNAを抽出し、人類と旧人をDNA解析により比較する新分野を開拓
 ・ミトコンドリアDNAばかりでなく核DNAの抽出技術の改良および普及
 今日は、人類への進化がどのように進んだかを調べた。
 
 上図は人類の系統樹である。2003年時点の資料でちょっと古いが、これでもって、過去中学校や高校の歴史で学んだ人類史が、今どのように改変されているかを見ていく。
 昔学校では、人類史は、猿人→原人→旧人→現生人類へと進んだことを学んだ。当時、最古の人類である猿人を、アウストラロピテクス(図中橙枠)と習ったが、現在の教科書では、最古の人類はサヘラントロプス・チャデンシス青枠)だと学ぶ。時代も 約440万年前 から 約700万年前 に変更されている。
 次に、昔「ジャワ原人」とか「北京原人」とか言われていて、我々現生人類は、それぞれの地域の原人から進化したという説もあったが、現在、ジャワ原人北京原人ホモ・エレクトス紫枠)の亜種で絶滅したことが明らかになっている。次に旧人と言われていたネアンデルタール人であるが、ホモ・エレクトスからホモ・ハイデルベルゲンシスを経てホモ・ネアンデルターレンシス(緑枠)へ分岐したと考えられている。

 上図は、この20年ほどで明らかになった人類系統樹であり、そこに混血イベントが示されている。この図は、デニソワ人ネアンデルタール人の混血第一世代(図中デニーとして両親が記されている)の発見時に書かれた論文からの抜粋であるが、現生人類とネアンデルタール人デニソワ人との間で、いつ頃混血が生じたかが示されている。
 この図を見ているだけでは分からないが、混血がどの地で起きたかを想像すると意外な事実が判明する。人類が、ネアンデルタール人デニソワ人の共通祖先から分岐したのが、およそ50万年から70万年前と考えられているが、その後もしばらくはアフリカの地に留まっていた。一方で、ネアンデルタール人・デニソワ人共通祖先は、およそ40万年から50万年前にはアフリカを出てユーラシア大陸へ渡った。人類がアフリカを出たのはおよそ6万年前と考えられている。この図に上術した人類拡散の歴史を重ね合わせると、以下のような物語が見えて来る。
 アフリカを出て直ぐ、中東の地で、人類は数十万年振りにネアンデルタール人と出会った。ネアンデルタール人は人類より体格が大きく、また言葉も通じなかったため、最初人類は、ネアンデルタール人を警戒し交流もなかった。しばらくすると、ひょんなことから交流が始まり、人類とネアンデルタール人との混血児が増え、人類のDNAにも一定の割合でネアンデルタール人由来のものが入ることになった。それから数万年が過ぎ、ネアンデルタール人は絶滅してしまった。一方で人類は生き残り、数万年掛けてネアンデルタール人由来のDNA比率を下げていった。その結果、現在、欧州人・アジア人のDNAにはネアンデルタール人由来のものが数パーセント含まれることになった。ここで押さえておくべき重要なポイントは、出アフリカした人類の祖先が、ネアンデルタール人と混血した後、ヨーロッパやアジアの各地へ拡散して行った点である。
 さて、混血から現在まで数万年掛けて、DNAの掛け合わせ(卵子精子の交わり)を何回も行ったわけであるから、全てのユーラシア人のDNAの中には、十分かき混ぜた結果、均等に希釈されたネアンデルタール人由来DNAが必ず存在することになる。従って、私の親を数千世代遡れば、そこには必ずネアンデルタール人の祖先がいることになる。私ばかりでなく、あなたの祖先にもである。