ジャガイモは自分思い

 今日、雨が止む予報となったので、延期となっていたジャガイモの収穫を行った。f:id:TatsuyaYokohori:20210710150506p:plain
今年は5月と6月の風が強い日に、伸びて来た茎が皆なぎ倒されることが2回あり、その後 手入れをせず放ったらかしにしたため、出来は良くなかった。それでも写真にある量が穫れたのでまずまずだった。
 通常ジャガイモの収穫は、茎を引っ張るとイモが掘り起こされて来る形だが、収穫が延び延びとなってしまった我が家のジャガイモは、雨に萎えた茎を引っ張ると根本でぷつりと切れてしまった。それで、遠巻きにスコップで掘り起こして収穫した。
 掘り起こし作業をしながら、『これらのイモは、ジャガイモの子種ではなく遺伝子が同じ形見のクローンだ』と思った。ジャガイモは地下茎で冬を越す多年草だったのだ。そう思って掘ると、ジャガイモは来年の自分の活動範囲を広げるため、遠い位置まで地下茎を伸ばしイモを作っていることが良く分かる。元気な株ほどより遠くまで地下茎を伸ばしていた。
 ジャガイモの畝の横には、成長中のミニトマトの畝があるが、その中で一株だけ、地面にすれすれのところにある実が色づき始めていた。それは、成長が良い2つの大きな株に挟まれた一番成長が悪い株だった。ふと『植物は、環境から自分の最終到達点を読み取り、身の丈に合った人生を送ろうとするのだろう』と思った。二つの大株に挟まれて、日照不足で成長スピードも上がらない小株にとって、これ以上背丈を伸ばす方へエネルギーを使うのではなく、実の方にエネルギーを割くべきだと直感したに違いない。植物には、回りの環境を感じ取る力があり、そんな知覚の方法まで遺伝子に刻まれているのだろうか? と不思議な気持ちになった。