パークゴルフ大会

 今日は昼から富山市堀川校区のパークゴルフ大会があり、町内の同好会の皆さんと一緒に参加した。私の住む町内会と線路を隔てて隣の町内会は昔一つの町内会だったそうで、公民館を共用しており、パークゴルフも一緒にプレイしている。富山市には、町内会の上位に校区という括りがあり、これは通学する小学校を同じくする地域であって、この校区の中で色々な体育行事が行われる。今日は、昨年新型コロナ感染拡大で中止となったパークゴルフ大会であり、平均年齢75才ぐらいの元気な老老男女が自慢の腕を競った。
 富山県新型コロナウイルスでステージ2の警戒レベルであり、校区体育協会の皆さんも受付の体温測定から始まり、感染防止措置には気を使われていた。参加の皆さんは、大会が中止にならなくて良かったと言い、楽しくプレイされていた。ふと、『オリンピック選手も、オリンピックが中止にならないよう祈る気持ちでいるに違いない』と思った。
 先日朝日新聞がオリンピック中止を求める社説を掲載した。確かに世の中の6割の人がオリンピックの中止を求めており、庶民の声を代弁した形の社説となっている。しかしながら私には、朝日新聞社のやり方は、移ろい易い大衆の思いを自分の考える方向へ煽っているだけのように思える。もしオリンピック中止を求めるなら、朝日新聞社主催の夏の高校野球も中止にしなければならない。この社説を書いた人は、「選手の絶望感」を代償に「一般大衆の漠然とした安心感」を得ることを良しとするのであろうか? もし新聞記者の矜持を持ってオリンピック中止を訴えるなら、同様に高校野球も中止を訴え、炎上する世論と堂々とやり合うべきである。もし、そんなところまで考えが及ばず、単に世間の雰囲気に乗って騒いだだけならジャーナリスト失格である。