立てば芍薬、座れば牡丹

 我が家の庭に今年も芍薬の花が咲いた。
f:id:TatsuyaYokohori:20210525133808p:plain 「立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花」と言うが、シャクヤクは美人を形容する時に使う花に相応しく豪華な花を咲かせる。シャクヤクもボタンもボタン科・ボタン属の植物であるが、大きな違いは、シャクヤクであるのに対しボタンがである点である。木であるか草であるかにより冬の越し方が異なる。木であるボタンは秋に葉を落とすが枝や幹はそのまま残って冬を越し、翌春枝から芽を出す。一方のシャクヤクは、秋には葉を落として茎まで枯れてしまい、土の中で根の状態で冬を越した後、翌年再び地面から芽を出す。
 芍薬が何故あんなに大きな花を咲かせなければならないのか、理由が分からない。そもそも花は人間のためではなく、花粉を媒介する虫たちのために咲くのだから、もっとコンパクトでコスパの良い咲き方があるはずである。植物の進化の戦略は、私にとっても容易に読み取れないところが沢山ある。
 「立てば芍薬、座れば牡丹・・」というから、私はてっきりシャクヤクの方が高い位置で咲くのかと思っていたら、そうではない。ボタンは木であるから最大2mとなり その枝に花を付けるが、シャクヤクは最大60cm程度にしかならない。それでは何故こんな言葉が生まれたのかを調べたら以外なことが分かった。
 「立てば芍薬・・」とは元々生薬の用い方を喩えたものであった。「立てば芍薬」の”立てば”はイライラとし気の立っている女性を意味し、芍薬により改善される。芍薬の根を生薬として使えば、痛みを取ったり、筋肉のこわばりを取ったりしてイライラを解消できるのである。「座れば牡丹」の”座れば”はペタンと座ってばかりいるような女性を意味し、それは「瘀血(おけつ)」が原因となっていることがある。そしてこの瘀血は、牡丹の根の皮の部分(牡丹皮・ぼたんぴ)により改善される。
 今年は梅雨の訪れが早く西日本はもう既に梅雨入りしている。今日も午後から曇ってきて夜には雨になりそうだ。そんなどんよりした空気の中で、この芍薬の回りだけは鮮やかに華やいでいる。