選挙の投票に行って感じたこと

 今日は富山市長選挙および富山市議会議員選挙に行ってきた。まず最初に、投票券に性別が書いてあるのが気になった。以前は何とも思わなかったことだが、LGBTという言葉が使われ始めて以来、男とか女とかの表記が本当に必要なのかと考えるようになってきた。
 ジェンダー平等や男女平等は日本の課題になっている。最近、世界経済フォーラム(WEF)が 各国のジェンダー不平等状況を分析し、「世界ジェンダー・ギャップ報告書」を公表した。その中には、日本が男女平等ランキングで120位と書かれてあった。私は、自分の息子や娘の世代においては、大学への進学においても企業への就職においても男女差別はほぼ無くなっていると感じている。ただそれが、調査項目を政治家や企業役員の男女比率と変えた場合、男女の不平等感がどうしても出てしまうとも思っている。こうなる理由は、調査項目の対象となる年齢層が高くなれば(政治家や企業役員となる対象年齢層は50代、60代と高くなる)、その人達がまだ若かった数十年前の日本の姿が反映されてしまうからだ。私の思いからすれば、日本の状況は確実に改善の方向にあるのだが、どうも回りの国々が、日本以上のスピードで改善しているみたいだ。
 投票所は近くの中学校で、待ち時間無く3密にもならず、スムーズに投票できた。東京に居た時の区議会議員選挙と同じで市議会議員選挙は誰に投票して良いか実に悩ましい。公報に書いてある公約や経歴を読んでも判断付かないのである。投票に行かない若者を憂うこともあったが、私がこんな状態で投票するなら彼らを責める資格はない。むしろ白票で出すべきかとも思った次第である。
 妻が帰る途中、中学校の女子トイレが今どうなっているか見て来た。当然水洗になっていて、ウオッシュレットは付いてなかったが、便座は暖かったと言っていた。