満開の桜に想うこと

 昨日富山地方気象台は、富山市の桜が満開になったと発表した。平年より13日も早い。1980年代、松田聖子は「チェリーブラッサム」の冒頭で
  何もかもめざめてく新しい私
と歌った。この頃は東京でも桜が咲くのは4月初旬であり、桜は、新年度や新学期が始まる頃に咲く「4月の花」として愛でられていた。入学式に桜の花は良く似合っていたし、花見の宴席場所の確保はその部署に配属となった新人の最初の仕事であったりした。そして「チェリーブラッサム」の歌詞も、新しい生活のスタートを連想させる言葉で綴られていた。
 ところが最近は、森山直太朗が「さくら」の中で
  さくら さくら 今、咲き誇る
  刹那に散りゆく
  運命(さだめ)と知って
  さらば友よ 旅立ちの刻(とき)
と歌っている。桜は卒業式にぴったりの花に変わった。

 話は変わるが、桜は各地方、各場所ごとに一斉に咲く。これは、植樹された桜が、皆同一の遺伝子を持つクローンだからである。つまり、同じ遺伝子を持った植物を同じ環境で育てたから、同じように成長し、同じ時期に花を咲かせるのである。動物でクローンを作るには、それなりの技術と手立てが必要だが、植物のクローンは簡単にできる。7年ほど前、「STAP細胞」という言葉が世間を騒がせたが、植物は全身がSTAP細胞でできていると言っても良い。枝を切り取り 挿し木をすれば、切り口から根が生えてくる。これはすなわち、枝の細胞にも 根の細胞と成り得る「多能性」が存在することを意味しており、正に「STAP細胞」なのである。